#5 中西 麻莉子
中西 麻莉子(なかにし まりこ): 四季の美しさを感じさせる美人画を得意とし、日本の様式美を現代的視点で表現する日本画家。同時に、日本舞踊の流派の一つである猿若流の名取師範。芸名:猿若海鈴(さるわか みすず)。女子美術大学にて日本舞踊講師補佐を担当。女子美術大学芸術学部絵画学科日本画専攻卒業。1990年生まれ。神奈川県出身。Instagram→/Twitter→
a profile photo by 阿部 駿
『中西麻莉子 日本画展』
職人と作家が繋ぐ日本の伝統。
来たる2023年1月25日から1月31日までの7日間、東京池袋の西武池袋本店で開催される『中西麻莉子 日本画展』。気品溢れる美人画を描く中西の制作を支えるのは職人が紡いできた歴史と伝統だ。中西が大切に思う伝統文化と技術が織りなす日本画独自の要素の数々、とくと御覧ください。
Materials
「描くために踊り、踊るために描く」
物心のついた幼少の頃より祖母から日本舞踊の手解きを受け、稽古をすること、舞台に立つこと、また劇場で舞台鑑賞をすることも生活の一部に。その中でも華やかな舞台を作り上げる大道具や小道具の装飾、衣裳の美しさなど古典芸能が培ってきた様式美に魅力を感じたという。「美大に進学し、本格的に美術を学んでいく過程で、自分の描きたい人物表現には日本舞踊の仕草や立ち居振る舞いのみならず“踊り手の心”までも追求する必要があると感じ、現在も絵画制作と並行して稽古に励んでいます。絵画制作において、日本舞踊の要素はとても重要で大切な存在です。踊りをはじめて約30年程になりますが、奥深くまだまだわからないことだらけ。ずっとずっとお勉強中です!」
「いつも自分をワクワクさせてくれる場所」
日本における最大の画廊の街、それこそが銀座だ。老舗画廊から新しいギャラリーまで、歴史的な作品のみならず現代のアートシーンも楽しむことができる。「私にとって銀座はアートを楽しむ街です。多くの魅力的なギャラリーがあり、たくさんの刺激を受けることができます。作品鑑賞をすることはもちろん、自身の作品を展示し発表する場所でもあります。また歌舞伎座でお芝居を見たり、街のシンボルである和光や三越、洗練された上品さが漂う和装小物屋さんなどでショッピングをするのも楽しみです」
美しい所作を引き出してくれる着物の魅力。
古来より四季を大切にしてきた日本人にとって、着物の色や柄を変えて季節感を楽しむことは趣のある重要な行為の一つでもあるが、中西も例に漏れず季節感に魅了された一人だった。「お洋服ではなかなか挑戦できないような色や模様の組み合わせができることや、日本の季節感を楽しめるところが魅力的です。またお着物を着ると背筋もシャンとしますし、自然とお着物に合わせた所作や立ち居振る舞いを意識します」
温故知新は鍛錬の賜物。
歌舞伎舞踊の技法を基本とした日本舞踊では、その伝統的な技法を学ぶ日々の稽古が欠かせない。「稽古場はとても神聖な場所です。また私にとって鍛錬を重ねる場だけでなく、閃きやアイデアが生まれる場です。稽古は主に古典舞踊を学びます。新作舞踊というものもありますが、それも基本的には古典技法を基に創られるものになります。歌舞伎俳優の十八代目中村勘三郎丈の『型があるから型破り。型が無ければそれは単なる型無し』という有名な言葉があるように、先ず型を会得しより良いものに変化させていくことが伝統を受け継いでいくということなのではないでしょうか」。踊りと舞と仕草が織りなす三位一体の技は、一朝一夕では身につかないのでありました。
“パチッ”と鳴る音も心地良い。
日本舞踊で使われる舞扇子は、時には波に、時には手紙に、果ては盃から遠くの山までと様々な表現に使われる重要な小道具の一つ。そんな扇子は舞台上だけでなく中西が描く絵の中にも登場する。「一般的な涼を取るためのお扇子とは違い、舞扇子(まいせんす:踊り用の扇子)は、踊りの動作として扇を投げたり、指で挟んで回す《要返し》を行ったりするため、扱いやすいように要の部分に鉛のおもりが埋め込まれており、少し重みがあります。日本舞踊にとって扇子はマストアイテムでとても大切なものです。また、私の絵画作品のモチーフとしても多く登場します」
画材選びで最も重要な絵筆。その穂先から命が吹き込まれる。
中西の描き上げる女性は気品とたおやかさを併せ持つ表情が魅力的。丁寧な線をより上品な日本画たらしめるには手先に馴染む筆が必要だ。「日本画で主に使われる筆の種類は、平筆、付立筆、彩色筆、隈取筆、連筆、線描筆(則妙・かすみ・削用・面相 等)などがあり、特に面相筆は人物の顔など繊細な部分の線描きをするのに重要です。色々な筆を試してみましたが、私は神田にある得應軒さんの面相筆を長年愛用しています」
作品を支える、タフで頼もしい土台。
「私の作品の彩色方法として最も大切にしていることは、淡く溶いた絵具を何度も塗り重ね、深みのある色を作ることです。どんなに濃く表現したい色味も決して一度で濃くは塗らず、彩色する部分にあらかじめ水を刷いて湿らせ、適度に渇いた状態になってから淡い絵具を塗ります。この工程を何度も繰り返し、理想の色の深みにしていきます。そのため水をふんだんに使います」。しかし、制作過程で注意が必要なのが基底材(支持体)の強度や耐久性。多量の水にさらされれば傷んだり破れてしまう可能性がある中で、厚く塗り重ねられることを前提に作られた丈夫な和紙である雲肌麻紙は、画家の想いを受け止めてくれる。「様々な和紙を試しましたが、雲肌麻紙は耐久性だけでなく、発色や描き心地がとても良いです。雲肌麻紙を木製パネルに張り込んで使用します」
天然由来の発色は正に唯一無二。
立体感と共に綺麗な発色を楽しむことができるのも日本画の特徴の一つ。「岩絵具は、主に天然石(鉱物)を砕いてつくられた粒子状の日本画絵具です。粒子は砂のように粗く、光を乱反射させるためキラキラとした質感があり、独特の色味や煌めきが美しいです。絵具そのものに接着性はないので、膠液(にかわえき)という動物性のコラーゲンから作られる液体を加えて溶いたものを支持体に接着します。天然岩絵具は天然の宝石で作られた絵の具なので、希少でとても高価です。制作時はなるべく失敗をしないよう、毎回ドキドキです!」
風情を色濃く残した、業界最高峰。
関東だけでなく京都でも展示をする中西が、京都に行くたびに足繁く通う場所が、200年来の歴史を持つ彩雲堂。店頭に1色ずつ並べられた絵の具を量り売りする昔ながらの対面式で、独自製法の絵の具の発色と筆の伸びは多くの画家を虜にしてきた。「水干絵具(すいひえのぐ)は、天然の土や貝殻などに染料を染め付けた日本画絵具です。粒子がとても細かく、艶のないマットな質感が特徴です。水干絵具も膠液で溶いて使います。彩雲堂さんの水干絵具はとても滑らかで発色も素晴らしいです」
描いた証に。控え目に。
絵を描き上げた後に作家の署名と共に入れられる落款印は日本画ならでは。絵の構図や視線の流れを崩さぬように動きの元(裏)に入れられることが定石だ。中西の作品でも所有する2種類のうちどちらか1つが捺印されている。「落款はデザインを相談し、オーダーメイドで作って頂いたものを使用しています。一つは名前の《麻莉子》で、もう一つは芸名の《海鈴》にちなんで鈴の形になっており、絵の大きさや雰囲気に合わせて使い分けています」。作品を鑑賞する際にはどちらの落款が捺されているかにも注目して頂きたい。
何度観ても色褪せない。感覚を呼び起こす起爆剤にも、リフレッシュにも。
世界に誇る日本の映画監督・小津安二郎が自らの過去作品《浮草物語》をリメイクした儚げなラブストーリーは、今までに何度も中西を奮い立たせてきた。「制作に行き詰まった時やリフレッシュしたい時、鈍ってしまった感覚を呼び起こしたい時に観返したくなる作品です。小津安二郎監督の撮る1カット1カットの構図やカメラワークが美しく、観るたびにうっとりします」
憧れの作家の脳内はインスピレーションの宝庫。
作家が刺激を受けるのは日常生活からだけではない。例えば画集は作家の脳内を覗くことができる貴重な体験の一つ。「影響を受けたり憧れている作家の画集は毎日のように眺めています。鏑木清方、上村松園、伊東深水、堂本印象、小村雪岱などなど、挙げ出すとキリがないです」。画集の他にも、取り扱いの難しい日本画材に関する技法書を読むこともあるという。
制作を頑張ったご褒美に。その日の気分で飲みたいものを。
制作活動は体力だけでなく頭を使う、気力と根気の勝負ごと。制作を終えたら頭を空っぽにしてのんびり寛ぐことで次の制作へ進む活力に。「私の何よりの楽しみは1日の終わりにお酒を嗜むことです! 器にも拘りたくて少しずつ集めています。コレクションとまでは言いませんが、これからも長く集めていきたい(長くお酒を楽しみたい)です」
日常の中に見出した美しさ
日本画家としてだけでなく舞踊家としても活動する中西が、これまでの日本舞踊の演目を題材にした作品に加え、自身が身を置く日常の中から取り出し描いた瞬間の数々。中西が今回の展示に込めた想いと、日本画に対する考えをお伺いしてみました。
醍醐(以下、D):今回の個展『中西麻莉子 日本画展』の内容について教えてください。
中西麻莉子(以下、M):今回の展覧会は私自身の身近な日常が色濃く出ている内容になっていると思います。 私にとってお着物は日常生活で多く触れるものです。日々の生活の中で今もなお脈々と受け継がれる、着物を纏う人の仕草や伝統的な美しさを見つけ出し、表現をしようと試みました。
D:これまでの展示の中でも日常の中から切り取ったものもあったかと思いますが、今回特に日常風景が色濃くなった理由はあるのでしょうか。
M:今まではどちらかというと歌舞伎や日本舞踊を題材にしたものが多かったのですが、コロナ禍で舞台を観る機会が減ってしまったこともあり、なかなか刺激を受ける機会が少なくなっていました。そんな中で改めて目を向け心を動かされたのが何気ない日常でした。
D:日常の中に着物があるというのは麻莉子さんならではですね。ちなみに今回のDMでも使用されている《雛鶴三番叟(ひなづるさんばそう)》という絵は舞台演目のようですが、こちらはどういった想いで描かれたんでしょうか?
M:《雛鶴三番叟》というのは歌舞伎舞踊の演目の一つです。『~三番叟』(三番叟もの)という舞踊がいくつかあり、天下泰平五穀豊穣への祈りを表現する内容です。雛鶴三番叟は、普通の三番叟が男性的なものに対して、女性的な柔らかな感じの内容です。もともと三番叟ものは滑稽で軽快な踊りなのですが、それを女性らしく品よく踊るもので、今回の展覧会が1月ということもあり、なるべく縁起の良いおめでたいものを描きたく、この演目を選びました。
D:制作の時に絵のモデルとなっている方はいらっしゃるのでしょうか?
M:モデルは妹にしてもらうことが多いです。実際に描きたい着物を用意し、着付けをしてポーズをとってもらうということをしています。今回個展の作品を作っていく中で、私自身も舞台出演の機会を頂くことがあったので、お稽古風景や着物を纏った人の仕草を多く取材をしました。
心を奪われた様式美
D:麻莉子さんに挙げて頂いたマテリアルは、僕の想像以上に歴史と伝統根付いたものなのだと感じました。
M:日本画の、特に古典技法に必要な画材というのは職人さんたちの伝統的な技術によって成り立っています。これまで大切に培われてきた文化を微力ながらでも繋いでいく1人になれたらと思っています。
D:麻莉子さんが思う日本画の様式美の魅力はどういったところなんでしょうか。
M:日本人の美意識のもとに培われてきた、洗練された美しさに魅了されています。例えば、歌舞伎や日本舞踊の舞台美術は日本美術の表現を基に描かれています。波の描き方一つとっても、日本美術特有の平面的かつ装飾的に表現されています。幼心にその鮮やかな色使いや、デザイン性の高い表現に魅力を感じ、舞台の大道具を観察することが好きでした。
「始めてみないと分からない」
D:今回はとても貴重なお話を伺うことができました。今後色々とやってみたい人、でもやりたくても勇気が出なかったりとかで中々踏み出せない人に対してどう思いますか?
M:まずは自分が心からときめきを感じるものに出会い、チャレンジしてみたいという気持ちがあるならば、挑戦してみてほしいです。新しいこと、または再チャレンジすることは勇気がいることですし、不安ももちろんあると思います。ただ、自分の中に少しでもときめきと前向きな気持ちがあるならば、ぜひ一歩踏み出してみてほしいです。踏み出した先が自分自身に合っていると感じたならば、まずは継続してみる。または自分に合っていなくても、一歩踏み出したことによって新しい自分が見えるかもしれません。
やりたいこと、またはやりがいのあることが見つかり、継続した結果、当初の目的や意思とは別のところへ進んでいくこともたくさんあると思います。
私は小さいころから絵を描くことが好きでしたが、元々絵描きになりたいとは思っていませんでした。もちろんその時々で小さな夢や目標はありました。ただ自分が好きなことにひとつひとつ真剣に向き合い、走り続けていたら、振り向けば目標にしていたゴールたちがすでに後ろにあったという感覚です。私にとってはそれほど夢中になれるものに出会えたことが幸せでした。
ぜひ少しでも心揺さぶられ興味のあることには一歩踏み出して、そして続けてみて欲しいです。
D:続けてみないと見えてこない世界があるかもしれませんよね。
M:そうですね。無理に続ける必要はもちろんないと思いますが、初めに感じていた気持ちと違う方向に傾きそうになっても、まだときめく気持ちが少しでも残っていたら、続けたその先に見えるものがあるかもしれないですね。
現時点でのわたしの制作に対する目標は、辞めずに続けるということです。絵は大好きですが、描くとこが億劫になったり気持ちが乗らないことはもちろん多々あります。描きたいものが無限に出てくるようなタイプでもありません。なので、絵を描くことを嫌いと思わなくなる努力をしています。離れてみたり、近寄ってみたり。
ゴールが後ろにあったと思ってもまた前をむいて次のゴールを目指し、時には脱線することもありますが、一歩ずつ必ず前進することでまだ見たことのない景色が見えるはずだと思っています。
自分に正直に、自分らしく生きることがなにより大切だと思います。続けることで自分を追い詰めたり見失ってしまう様ならそれは続けるべきではないです。
人生に自然と寄り添うような“ときめき”に出会えるよう願っています。
『中西麻莉子 日本画展』 ■会期:2023年1月25日(水)~31日(火) ■会場:西武池袋本店6階(中央B7)=アートスペース ※最終日1月31日(火)は、当会場のみ午後4時にて閉場。 日本画の古典的技法を基に、和紙に墨、岩絵具、水干絵具、金箔、金泥などを用いて表現をしております。今もなお受け継がれる日本人の美意識のもとに培われてきた伝統的な様式美を自らの日常生活の中に見出し、その情景を日本画の古典技法によって描きたいと思っております。 中西麻莉子 展覧会ウェブサイトはこちら
編集後記
打ちのめされた。
今回のインタビューは総じて、打ちのめされました。
調べてみると、日本画とは何か?という概念として明確な線引きは今でもないものの、伝統的な画材を使用しているかどうかが日本画たるものかを決める鍵となっているらしい。
伝統的な画材。
今回麻莉子さんに挙げて頂いた伝統的な画材の数々は、日本の歴史と技術を凝縮した日本文化そのものでした。
そんな伝統の重みを受け止めて作品へと昇華する麻莉子さんは、作品が醸す雰囲気そのままに品性と柔らかさを体現する人です。
日本画について無知な自分に対しても丁寧に真摯に受け答えをしてくれる麻莉子さんを見ると、改めて、作品ってこうも人柄が出るんだなと驚きました。自分の稚拙な文章からは伝えられない麻莉子さんの優しい人柄は、作品からヒシヒシと伝わってくるのであります。
今回の展示会でも、別の機会でも、是非とも作品を鑑賞して、麻莉子さんと会って話してみて、また作品を鑑賞して答え合わせをしてみてほしいと思います。
今回のインタビューをするにあたり、何年も前に麻莉子さんの展示会に連れて行ってくれた愛里さんに心から感謝します! ありがとう!
中西麻莉子さんの絵を好きになり、わずかでありますが蒐集させて頂いてます。
人柄もより深く知ることが出来て、より一層、中西麻莉子さん自身をも益々好きになりました。
個展にも伺う予定をしていますが、雪の影響でどうなることやら?
益々の活躍と発展を、心より応援して参ります。
ご閲覧、コメント頂き誠にありがとうございます。
Amay。。さんにとって良い記事になったようで大変嬉しく思います。
今後ともどうぞ宜しくお願いします。