#2 杏乙

杏乙(あんな):
2013年10月から絵日記『あんなばなな絵日記』を書き続ける。毎日23時頃に自身のInstagramに絵日記を投稿するほか、個展の開催、メディアや雑誌へのイラスト描きおろし、オリジナルグッズ制作も行っている。自身のオンラインショップにて、過去の絵日記を月ごとにまとめた『「あんなばなな絵日記」○月のはなし。』も販売。東京都出身。Instagram→/Shop→

絵日記『あんなばなな絵日記』

「毎日、たいてい、23時」
2013年10月10日から自身のために綴り始めた絵日記『あんなばなな絵日記』。何気ない日常に等身大の心情を滲みこませた絵とコトバが愛おしい。ちょっぴり切ないイラストや可愛らしいキャラ、じわりと染みる色使い、綴られるコトバ達は日常に潜む喜びと気付きを与え、読む人を前向きな気持ちにさせてくれる。2021年7月現在、およそ7年と9ヶ月におよぶ絵日記を杏乙と一緒に歩んできた相棒はどんな姿形をしているのだろうか。

Materials

▲茶色の表紙がトレードマークのマルマンのクロッキー帳。表紙の丈夫さは持ち運びにも保管にも最適。182mm×165mm。厚さ9mmで100ページ。『クロッキーブック SQ』418円(maruman)

滑らかな触り心地はペンとの相性もピッタリ。
絵日記では絵と文字を綴るため両者の書き心地を両立する必要があった。「文字を書く時のペンと色付けをする時のペンとの相性が一番良かったから使っています」

▲独自開発のシナジーチップで細くて滑らかな書き心地を実現したゲルインキボールペン。『ジュース アップ 03 (激細)ブラック』(PILOT)

かつての相棒との別れを経て辿り着いた書き心地。
「1年程前までは、無印良品のゲルインクをずっと使用していたのですが廃盤になってしまい、代わりになるペンを探し回っていたところ辿り着きました。(自分は、ペンによって字が変わってしまうので廃盤になった時は本当に絶望しました…)」

▲髪の毛は彩、影はZIG、頬や肌はコピックが使用される。画面左上から『水彩毛筆「彩」』(あかしや)/『ZIG リアルカラーブラッシュ』(呉竹)/『コピックチャオ』(トゥーマーカープロダクツ)

鮮やかな色彩は絵とコトバに奥行きを持たせてくれる。
色が人々に与える影響は大きい。「数年前まではコピック一本でしたが、彩に出会ってからは髪の毛は彩、肌はコピックなどと使い分けるようになりました」。どのペンを使うかで悩めるのは、きっと幸せなことだろう。

▲握りやすく捺しやすいグリップに美しくて見やすい字体が長く愛されている。『回転ゴム印エルゴグリップ欧文日付 ゴシック体』1,518円〜(シヤチハタ)

毎日描いていることを実感させてくれる。
いまや絵日記のトレードマークの一つとなった日付ハンコ。「昔は”杏”をハンコ(手作り消しゴムハンコ)で、日付は手書きでしたが、日付のハンコを見つけてからは、日付をハンコで”杏”を手書きに書くようになりました。特に意味はないけど、毎日、日付を一つづつ回して押す作業は、毎日書いてるんだなという実感に繋がるから好きです」

▲コンパクトで軽く持ち運びにも重宝されながらも広角や中距離・遠距離にも対応可能な35mmフィルムカメラ。こっそり黒猫シールも。『NATURA CLASSICA』(富士フイルム)

「写真、カメラはわたしの原点」
「まず、写真を好きになって絵を描きはじめました。写真、カメラはわたしの原点で絵日記と同じく一生つづけていくものです。このカメラは大学3年生くらいの時に初めて買ったフィルムカメラで、一番思い入れのあるカメラです」

▲漫画家のさくらももこ作の、1970年代の静岡県清水市を舞台に家族や友達と共に繰り広げる日常生活を描いたコメディ漫画。第13回講談社漫画賞少女部門受賞。『ちびまる子ちゃん』(さくらプロダクション/集英社)

“にくたらしい”が最も似合う女の子が残す面影。
「今のまる子ちゃんも、もちろん好きですが初期の頃の絵がたまらなく好きです。ちょっぴりにくたらしい感じが凄く好き! 中学校の時、日課のように毎日黒板に花輪くんの顔を描いていました。友達に花輪くん描くの上手!って褒められたのをいいことに毎日…消されては毎日描いてました」

▲詩人としてだけでなく写真家、随筆家、作詞家と才能は多岐に渡る。画像は杏乙お気に入りの小説。『僕のとてもわがままな奥さん(銀色夏生/幻冬舎)

コトバには人を救う力がある。杏乙自身の原体験。
杏乙の絵日記は基本的にネガティブなことは書かれない。誰かのコトバは誰かを救うという、コトバの力を知っているからだろう。「銀色夏生さんを知ったのはたしか大学生の頃。救われたという思いを持った本ははじめてでした。わたしが絵日記を描き始めたのも大学生の頃なので影響を受けたことは間違い無いと思います」

▲散歩中にありきたりな日常をカメラで覗くことで新たな発見ができる。添えられる絶妙なコメントも視野を広げてくれる。『赤瀬川原平「老人とカメラ ─散歩の愉しみ」』(筑摩書房)

散歩道が絵日記の一ページに。
会社に向かうとき、デートに行くとき、ただ通り過ぎていくだけの景色を足を止めて見つめる機会は意外と少ない。そんな過ぎていく景色を少し斜めから見てみると新たな発見があるかもしれない 。「日常の中にひそむ、不思議なことを発見する楽しさに気づけた本です。読んでみるとクスッと笑ってしまう見方やコメントがあって面白いです」

あんなばなな絵日記の隠れた立役者。
「私自身、そして絵日記にも欠かせない存在。私は猫を飼っていないのですが、歩いてる時、猫を見かけるだけで幸せになります。人には言えないことも、帰り道の猫には言えます。そんな、欠かせない存在です」

『あんなばなな絵日記』道中記

7年9ヶ月。

『あんなばなな絵日記』のマテリアルは、毎日を共に過ごす相棒だけあって使う理由や好きな理由がしっかりと存在した。

ここまで杏乙のマテリアルを紹介してきたが、ここからは杏乙の絵日記に対する想いを聞いてみた。
これまでのこと、これからのことを杏乙自身はどう捉えているのだろうか。

死ぬまでずっと書き続けたいです。」

醍醐(以下、D):絵日記は大学生からずっと欠かさず書いているんでしたよね?

杏乙(以下、杏):そうですね。大学2,3年生くらいから書いていると思います。

D:別のインタビュー記事を拝読しましたが、絵日記を書くこと自体は「面倒だな〜」と感じることはないとか。

杏:皆が見てくれてるから続けられるというところはあるかもしれませんが、全然苦ではないので誰も見てくれてなくても絵日記は書き続けていると思います。

D:僕が前回インタビューしたTAKUさんの『BEER FOR NOW』では「続ける続けないはあまり考えてない」という話がありました。杏乙さんの絵日記は7年9ヶ月毎日やってるとルーティンの一つになってると思うんですけど、辞めたいなと思ったことはないんですか? 正直僕からしたら、続けているだけで物凄いことだと思うのですが…。

杏:辞めたいと思ったことはないですね。続けることくらいしかできないので…笑

D:このまま10年まで行くぞ!っていう気持ちとかあるんですか?

杏:ありますね。というか、10年とは言わず、死ぬまでずっと書き続けたいです。

絵日記は自身の記憶を鮮明に思い出させる、いわば記憶の栞のようなもの。

D:書いた絵日記を読み返すことはあるんですか?

杏:あまりないですね。作業机の目の前にクロッキーが並んでるのでいつでも読み返せる状態ではあるんですけど。

D:日記の内容は実際の出来事もあれば、そうじゃないこともあるんですよね?

杏:そうですね。絵日記をパッと見るとその日の出来事を鮮明に思い出せるんですけど、そうすると逆に忘れられなくなってしまうので、読みかえすことは覚悟がいります。描かなければ忘れられるのに描いちゃうと余計に忘れられなくなってしまいますし。

D:仮に一日で良いことと悪いことがたくさんあった場合は絵日記にはどう書くんですか?

杏:そういう場合は総評して書くんですけど、もし後から読み返すと自分で思い出してしまうので、なるべく嫌なことは書かないようにしてます。

『あんなばなな絵日記』

D:Instagramにも投稿されてましたが、最近絵日記をまとめたものをご自身で出版されましたよね?

杏:はい。今年の3月から、なんとなく始めてみました。

D:出版されてみてどうでしたか?

杏:凄く最高です。表紙とか配置とかを全部自分で作れるので楽しいです。

今回自分で作ってみて思ったのは「自分だったらこうするな」ができるのが良いですね。サイズ感も文庫本サイズでできるのが良くて。

D:僕も『「あんなばなな絵日記」6月のはなし。』を購入させて頂きましたが、文庫本サイズは気軽に持ち運べる感じで良かったです。封筒も手描きされてましたよね。すごく大変そうでした。

杏:めっちゃ大変でした。笑 でも凄く楽しかったです。

家族が大好き。お姉ちゃん大好き。

D:クロッキーは普段から持ち歩いてるんですか?

杏:基本的には家で作業をするので持ち歩いていないのですが、泊まるって決まっていたら持っていきます。私は家と家族が大好きですし、日記を書くために家に帰ります。

D:よく絵日記にお姉さんが登場しますが、お姉さんは何歳ですか?

杏:私の3歳上ですね。

D:じゃあちびまる子ちゃんのまる子(小学3年生)とお姉ちゃん(小学6年生)と一緒ですね!

杏:そう! 一緒なんです!

D:これからもお姉さんを始め、杏乙さんの日常を切り取った絵日記を楽しみにしてます。

杏:ありがとうございます。

編集後記

  • 「6月のはなし。」まじ、良いです

覚えておきたいこと。忘れたいこと。
約8年、世の中でたくさん色んなことが起きていて、杏乙さん自身にとっても本当にたくさんの出来事があったと思います。

毎日当たり前に過ぎていく出来事に正面から向き合ったり変な角度から見てみたりすること、それらを記録することは勇気のいることだと思う。
でも杏乙さんは向き合うことをやめなかった。というよりも、向き合う中に楽しさを見つけ続けた。

前回のTAKUさんのインタビューでは「続けてもやめてもどちらも良いじゃん」がとても説得力のあるワードだったと思うけど、杏乙さんの「好きだから続けられる」という言葉も腑に落ちる。どちらも正解。

でもその前に、自分が何をやってるのが好きなんだっけ?と分からなくなる人もいると思います。僕はそれを考えることは凄く大事だと思うので、そんな人は杏乙さんのように、普段の日常に目を向けて見てみるのが良いかもしれません。

杏乙さんの絵日記は僕が大学生の頃(多分7年前くらい)から見ていたし、いつか何かで声をかけたい!と思っていたのですが、その自分の感情と向き合っていたからこそ今回杏乙さんに声をかけてインタビューを受けて頂けました。

もしこれを読んで下さっている人の中で、自分のやりたいことが分からない!という人がいたら、自分が心を動かされたことを大事に持っていると良いかもしれません。それはいつかこのように、7年越しに叶うかもしれないです。

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